2007年11月24日土曜日

ドラスティックに変化する言葉の意味

緒言1:本人をして「似てる」と言わしめた名作「十年前の矢野顕子」を含む、清水ミチコのアルバムに「幸せの骨頂」というタイトルがある。
緒言2:現代の英語でゲイというと、それはもう、まず真っ先に同性愛を意味する。

この2つになんの繋がりがあるのかというと、gayという英単語、元はこの「ものすごく幸せ」、「明るくて派手」みたいなことを意味していた、という話である。しかも、その用法は何世紀にも渡って使われてきたものだったのだ。ジェイン・オースティンだとかディケンズなんかを読んでいてもゲイは活気がある、楽天的、恐いもの知らず、向こう見ず、的な意味でしか使われない。いや、そんなに遡らなくても、ゲイが現代の意味で幅広く使われるようになったのは60年代くらいかららしい。ゲイが現代の意味を持つようになる前に命名されたからであろう、Gayという名前の女性もいるくらいである。

この、<元の用法>を逆手に取った、実に賢いシーンがトウニ・クシュナーの戯曲「エインジェルズ・イン・アメリカ」に出てくる。プライア・ウォルターという登場人物の前に中世頃のご先祖様の霊が現れるのだが、同名のそのご先祖様曰く、

先祖のプライア「だってお前、女房も子供もいないじゃないか(You have no wife, no children.)」
現代のプライア「俺、ゲイなんだよ(I'm gay.)」
先祖のプライア「ゲイ?だったら派手に裸踊りでもしてみろよ、どうでもいいけど。ってそれ子供がいないのと何の関係がある?(So? Be gay, dance in your altogether for all I care, what's that to do with not having children.)」

といった具合である。ちなみにこの芝居は2003年にテレビ化されて、このシーンはマイケル・ガンボン(ハリポの校長先生だ)とジャスティン・カークが演じている。サイコー。

ちなみに、ゲイ=同性愛が「ウラの意味」的に使われ始めたことが記録に表れ始めるのは1930年代である。これよりも前に使われていたのかもしれないが、全国レベルで大っぴらに使われたのは、とある映画が最初だった。日本ではあまり知られていないようだが、ケアリ・グラントとキャサリン・ヘプバーン主演の「赤ちゃん教育(いつも言ってるようで恐縮ですけど、なんとかならんのかこの邦題)」という1938年作品である。この映画の中で、グラント演じる古生物学者がやんごとない事情で女物のガウンを着ることになるのだが、ここで「あんたゲイね」と出てくる。女物を着せられてとても幸福そうには見えないので、皮肉っぽく「まあ楽しそうね、ふふふ」、なわけである。

話がちょっと戻るが「エインジェルズ〜」には言葉の意味の変化の例がもうひとつ出てくる。バスタード(bastard)である。現代では人でなし、ろくでなし、的な意味で使われるが、元の意味は私生児である。先刻のプライア君、同じシーンの続き。中世のご先祖様の他に、もう1人別の宮廷風衣装のご先祖様が出てくるのだが、

現代のプライア「まだいるのかよ(Oh God another one.)」
先祖プライア2「プライア・ウォルターだ。貴様の前にも17人おるが(Prior Walter. Prior to you by some seventeen others.)」
先祖プライア1「バスタード込みでな(He's counting bastards.)」

である。当然のように、この中世のプライア(ご先祖1)さんは私生児の意味でバスタードを使っている。作者の意図に、現代口語の「ろくでもないのもいたんだこれが」という隠された意味が込められている。それにしてもこのシーン、他にもダブルミーニングが含まれているので、ものすごく訳しにくい。このシーンの他にも出てくるが、プライアとは「先立つ」みたいな意味があるので、看護婦から名前のことをからかわれたりするのだ。後から出てくる二人目の、宮廷ご先祖様のいう「Prior to you by...」という下りは、プライアという名前でお前にプライアする(先立つ)のが17人いる、という語呂なのである。翻案がどう処理されているのか、かなり気になるところである。

それにつけても言葉の意味は、ものすごく早く変化する。貴様が「貴い」に「様」と書くくらいで、元は尊称だったことは有名な話だろう。意味だけではない。夏目漱石を読んでいると畢竟という言葉が良く出てくるが、現代口語でこの言葉を使う人はまずいない。言葉というのは用法の変化、風化も早い。

余談だが、英語のgayは女性の同性愛(所謂ひとつのレズ、ですね)にも使われることがある。たとえば<ゲイっぽい見た目のレズ>、というのは用法として間違ってないことになるので、そこんとこひとつ。

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