ジェイムズ・ボンドの話ではない。エルノ・ゴールドフィンガーという建築家のことである(もっとも、007の悪役は実際この建築家の名を取ったものなのだが)。ハンガリー生まれで、クロス&ブラックウェルという日本で言えば桃屋みたいな企業の跡取り令嬢と結婚してロンドンに落ち着いた、ものすごく不当に過小評価されている建築家だ。
例えばこのトレリック・タワー。英語ではブルータリストとして知られる様式だが、最近まですこぶる評判が悪かった。チャールズ皇太子はモダニズムが嫌いで、「あんなものドイツ空軍に爆破してもらえばいい」という内容の発言までしている。そこまでいかなくても、東ロンドンの、あまり裕福でない区域に住んでいる友だちで、ゴールドフィンガー作品群をして「貧民アパート」と呼んでいるのもいる。やつにとって近所に乱立してるトレリック・タワーに酷似したバルフロン・タワーやカラデイル・ハウスなどは低所得者層向けの団地以外の何ものでもないのだろう。これはカウンシル・フラットという公営アパートビルのようなものがかつて存在しており、低所得者層を中心に安い家賃で住める住居の提供ということで60年代から70年代にかけて大量生産された建築に混ざり、ブルータリストが社会的コンテクスト的にもあまりグラマラスなものとはみなされていなかったためと思われる。
と・こ・ろ・が、である。
このカウンシルフラットを80年代に入り既住人から優先的に買い取れるというシステムを導入(スローガンはOwn Your Own Home、「あなた自身の住処を手に入れてください」)、東ロンドンやウエストボーン・パークといったクリエイティヴな住人の多い区域に多く経っている「元カウンシル」がオシャレな建築になってきたのだ。

ピーターラビットのポターが所有地をすべて寄付したことで有名なナショナルトラストという歴史的建造物の保護を嚆矢としている団体も、ゴールドフィンガーの元住居をちゃんと保護すべき建築として登録している。土曜しか開いていないが、エルンストやデュシャンの作品なんかも置いてあって、隠れた名勝である。
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