2008年1月31日木曜日

ご近所探検隊:カレーの「ジャイ・クリシュナ」

1994年刊、江口寿史の「This is Rock!!」は愛読書の一つである。新刊本としては、今はちょっと買えないみたいだけども。で、西荻住民だったぼくはこの本に出ている「ご近所探検隊」に出ている吉祥寺、西荻近辺のお店は(京都旅行とかは抜きにして、ということだけど)ほとんどすべて行ったことがある。ご近所ねえ。ふふふ。と、ちょっと真似してみることにした。タイトルもまんまパクリである。

ぢゃ、と、まず、自宅付近には、かなりビンボーな雰囲気が漂うのだが、カリブ系、トルコ系、イタリア系、ギリシャ系、タイ系などのレストラン、八百屋さんの類いが濫立している、個人的には非常にうれしい区域でもある。フィンズベリー・パークの駅を出て左に歩いたその激戦区に、異常にぱっとしない見た目のカレー屋さんがある。「ジャイ・クリシュナ」という、南インドのベジタリアンのカレー屋さんである。まず見た目だが、これがもう見事に時化ている。「おばあちゃん家の客間ってこういう感じだよね」っぽい30年は張り替えてないであろう凄まじい柄のカーペットに、ものすごくイケアで買ってきたっぽいテーブルと椅子。席に着くとメニューを渡され、「注文したいもの書いて」と注文票(という名の紙切れ)を置いていかれる。無駄がない。潔いこと、この上ない。

頼んだのは詰め物してあるロティ、カランというマンゴーとヨーグルトの酸っぱいカレー、サブジ・バハールというジャガイモのスパイス炒めのような体裁のものとピラウライスだが、全部で15ポンドもしない。一品2ポンド台からあるなんて、いくらベジタリアンとはいえ奇跡に近い。で、実際の味のほどはというと、一口で言って、ものすげえ旨い。江口寿史のマネをすると「こっれっがもっ、絶品!!」である。

というわけでストラウドグリーンロードの161番。ちょっと探さないと行けないかもしれません。

2008年1月30日水曜日

排気量が文字で書かれている

いつもとは、ちょっと違う道を通ってみた。新しいルートが開かれるし、思わぬ発見も、あったりする。今回はけっこう近所の前庭に、ひどく寂しげな様相のクルマを発見した。Riley One-Point-Fiveというクルマだ。シャシーは、かのモリス・マイナーを下敷きにしており、BMCのBシリーズエンジンを搭載したこのセダンは1957年から65年まで生産されている。それにしても凄いのはその名称だ。スバリ排気量である。たとえばBMWはクルマの名前の下二桁が排気量を示していたりするが、クルマの名前が排気量そのもので、しかも数字ではなく文字で書かれているというのも珍しい。ちなみに、(日本では「ウーズレー」で知られているが、発音的には)ウォルズリーというクルマとこのライリーは姉妹車である。セドリックとグロリアみたいなものだろうか。ちなみにウォルズリーのほうは数字で1500という名前が付与されている。この辺は、全く実用第一主義っぽい。

ところでイギリスのナンバープレートはその登録年がある程度分るようになっているのだが、この3桁の数字とアルファベット3つということで、間違いなく30年選手以上であることは分る。One-Point-Fiveは65年に生産終了しているが、ということは40年以上は経っているということだ。パーツ取り用にキープしているのかもしれないが、こういう二度と道路上に出ることはないであろうっぽいクルマが軒先に、というのもある意味イギリス的である。そんな感じでクルマも、苔のむすまで。

2008年1月29日火曜日

レモンとアーモンドのケーキ

ナイジェル・スレイターの話が出たので、ちょっと続き。日常のご飯に応用が利くという点では、アレグラさんよりももしかしたらこの人のレシピ本のほうがよく使っているかもしれない。出版社ハーパー・コリンズの略歴にも出ている通りだが、まずナイジェル・スレイターはセレブなシェフではない。テレビに出ているシェフたちがみんな軽薄な訳では決してないが、スレイター氏は表に顔を出さないタイプの人である。話しているところを見たり聞いたりしたことのある人ならお分かりかとも思うが、テレビ向きの話し方の人でもない。興味がおありならビデオはここで見れる(5MBのQuickTimeムービー)のでご高覧のほどを。と、ナイジェルさんの話し振りはともかく、氏のレシピが「使える」ことには変わりない。

数冊出ている中でも一番気に入っているのは「The Kitchen Diaries」という、2005年に出版されたものだ。件の、初台の友だちが教えてくれたのだが、日本で売られているイギリスのレシピ本は、アメリカ版が多いそうである。日本のアマゾンで売っているのもアメリカ版イギリス版があるようだが、日本のレシピは計量にカップを使うので、同じくカップを使うアメリカ版のほうが計量などに「ピンと来る」かもしれない。イギリスではポンド、オンスなどからグラム、ミリリットルに移行中なので、どっちも載っている場合が多いのだが。The Kitchen Diariesに限って言えば個人的には、表紙もイギリス版のほうが好みではある。

今回作ったのはレモンとアーモンドのケーキ。イギリス版の「お台所日記」では3月、91ページにレシピ、次のページに写真が出ている。日本では入手しにくいが、デメララ糖というのを使う。輪切りにしたレモンをお砂糖で、シロップがほとんど蒸発するまで煮詰める。それをアーモンド粉と普通の粉とバターと卵のケーキミックスの上に並べて焼く。今回も、ごく尋常なパウンド型に入れて焼いたのだが、レシピに書いてある45分ではまず絶対に焼き上がらない。レモンと砂糖が乗っているのでオーブンの温度は上げられない。ので、アルミホイルをかぶせて長時間焼く。大体、いつも1時間10分程度はかかっているようである。

柑橘系のケーキって、何となく冬にこそ食べたい気がする。ちなみに、このレモンの輪切りはカタくて食べられない。ものすげえ酸っぱいし。

2008年1月28日月曜日

新世代イギリス料理:レストラン「Canteen」

時々「インディペンデント」というのも読むが、ぼくが普段読んでいる新聞は「ガーディアン」である。月曜から土曜まではこれで、現在は同じ出版元だがかつては独立した新聞だった「オブザーバー」が日曜版、という体裁になっている。先日も初台に住む友だちと料理人ナイジェル・スレイターの話をしていたのだが、このオブザーバー紙は食に関してはちょっとしたもので、ナイジェル・スレイターも毎週この日曜版しか出ていない新聞に寄稿している。で、そのオブザーバーが2007年度英国ベストレストランを授与したという新参お食事処に行ってきた。Canteenという。スピタルフィールズと、先日も行ったばかりのロイヤル・フェスティバル・ホールに、このCanteenはある。オブザーバーが認めたというだけでもう、相当に質が高いであろうことが伺えるが、実際凄く良かった。おいしかったし、サービスもいいし、オシャレだが気取りのないシンプルな内装で、かなりパーフェクトである。メニューも、昔懐かしい藁半紙のような紙にシンプルなサンセリフ書体で無駄のない記述が潔い。テーブルにその藁半紙がおいてあるのだが、カトラリーはきっちりその上の中央に置かれている。トレイニーであろうウェイターさんが、すごく慎重に<真ん中に、90度に>、という感じで配置しているところも目撃した。細かいところにポリシーあるね。

Canteenというのは本来学食とか社食とか、そういうそこら辺のお食事処を意味するが、このCanteenは決してそこら辺あるものではない。控えめなネーミングに隠された、発起人、料理人、その他スタッフらの意気込みが伺える、かなり質の高い場所だと思う。所謂伝統的なイギリス料理を踏襲してはいるものの、それこそ素材を生かした、衒いのないまっとうな料理を提供している。それこそロースト料理だとかパイだとか、家庭料理だがちゃんとコンテンポラリーなのだ。ぼくが食べたのはアルブローススモーキーという、スコットランドの白身魚の薫製だ。ハドックというタラ科の魚で小骨が多く、きっつい薫製だがものすごくおいしい。本来は朝食として食べるもののようだが、なんと6枚も出てきた厚切りの全粒粉のパンで、程よい軽さのディナーだった。

スピタルフィールズのほうは、いつも長蛇の列である。まあ、「早めの時間に行って、さっと軽く」がいいようである。

2008年1月27日日曜日

シャボン玉おぢさんの純情

クイーン・エリザベス・ホールに脚を運んだのは、数年ぶりのことである。ブルータリスト建築で、ものすごく評判の悪い建物だが、まあほとんどの人にとって見に来るのは催し物であって建物じゃないからね。で、今回観にきたのは「London International Mime Festival(ロンドン国際マイム祭)」の一環で、カタラン人の(本業は建築家だが)シャボン玉の芸人さん、Pep Bouという人の「月の光」というパフォーマンス。タイトルが示す通り、ドビュッシー、モンポウのピアノに合わせて、ちょっと神業っぽいシャボン玉の手練手管である。映画、「カラスの飼育」にも使われたモンポウの6番。メランコリックなピアノとシャボン玉という組み合わせなんて、ちょっと天才にしか思いつかないんじゃないかと思う。それに、このシャボン玉というのはものすごくストイックな芸である。空気の流れを止めるため、開演30分前にはドアを締切る。大きなシャボン玉の中に小さいものを何個も入れたり、スクリーンに張られたシャボン玉にスライドを投影する大技など、何度も割れては再挑戦。途中退席した場合、再入場は許されない。空気の流れが変わって、シャボン玉が膨らまなくなってしまうからだ。シャボン玉ということで、まあ子供連れが多いことは確かだが、子供向けでは決してない。この催し、チケットは写真家でありグラフィックデザイナーでもある友だちが手配してくれたのだが、さすが目の付けどころが違う。

2007年にサウスバンクセンターとして生まれ変わったこの区域、お隣のロイヤルフェスティバルホールにはバレンボイムも来ているし、5月にはルイジ・ノーノも来る。もっと行きたい。

2008年1月26日土曜日

悪魔のささやき:シロップワッフル

アムステルダムに行くと、つい買ってしまうものがこのシロップワッフルである。ぼくは最近国を出てないのだが、先日友だちが出張にアムスに行ったとき、バッチリお土産に買ってきてくれた。これはイギリスでは売ってない。ときどき、意外なものが手に入らないロンドンである。で、このお菓子だが、チーズで有名なゴーダという地方のものらしい。オランダ語ではSiroopwafelenで、英語ではSyrup waffleとして知られているが、ワッフルというよりは、どちらかというウェイファースかもしれない。

というのも、こいつにはカラメルソースが挟んであって、ぐにーっとした食感。ワッフル柄だが、所謂フカフカのベルギーワッフルとは違う。瓦せんべいのような体裁の、丸くてカタいやつだ。しかしこれが、直径にしておよそ8センチ。あまつさえ、一枚当りのカロリーは468kcalである。「成人男性の一日のカロリーの5分の1を、さああなたもこの一枚で」、である。ああ、今日も2枚食べてしまった。コーヒーも2杯。いいやでも、幸せな気分になったから。

2008年1月25日金曜日

間に合いました、「芸術と性の歴史」展

バービカンは、ちょっと独特である。コンサートホールもあって、ギャラリーや映画館なんかもあるのに、同じ敷地内に人が住んでいる。それもかなり大規模なもので(イギリス人にはあまり人気のない高層マンション)、なんと6500人も住んでいるそうである。バービカンを、コンクリートの高層だというだけでもう真っ向から毛嫌いしている人も少なくないが、ぼくは好きだ。住んでみたいとすら思う。ドアを開けたらそこが映画館なんて、考えるだけでも垂涎である。で、その映画館はカッティングエッジで音響もいいし2列は作れるであろう奥行きにたっぷり1列のみの座席はおケツが痛くなることもない。マイケル・ティルソン=トマス指揮によるライヒ「砂漠の音楽」みたいな演目だってお手の物のホールだってある。日本には、こういう場所はちょっとないんじゃないかと思う。施工には紆余曲折あり何十年もかかって1982年に完成、2007年に25周年を迎えた。戦後の、まだ瓦礫の山だったロンドンのシティの穴だったバービカンを埋める計画が持ち上がったのは、もう60年以上前のことらしいが、その多くは70年代に建造されたものだという。ぼくが始めてバービカンに行ったのは「マン・レイ」展を見にいった1991年初頭のことだったので、オープンから10年経ってなかったことになるが、ものすごく古く見えたのはそのせいかもしれない。それに「ここって、人の家じゃないよね?」と思ったことも覚えている。

で、今回のアートギャラリーの催しは、その名もスバリ「Seduced: Art & Sex from Antiquity to Now」である。2000年以上という時をカバーし、ローマ帝国時代からフラゴナール、春画、カーマスートラ、ジェフ・クーンズ、アラーキーまで網羅しているそれなりに大規模な展覧会である。実は2007年10月には始まっていたのだが、今週末で終了なので、急いで行ってきました、というやつである。この「Seduced」展はマーティン・ケンプという美術史家がキュレーターなのだが、ナショナルギャラリーでダ・ヴィンチなんかもやっている、けっこうな大御所である。一回り見て、ケンプのテーマが<どこまでがアートで、どこからポルノか>、なんであろう立脚点が垣間見える。公共のギャラリーで4ヶ月という長期間、性に関する展示会を開くだけでも相当なものだと思うが、正直感想は、

「で?」

である。確かに、色々寄せ集めている。トレイシー・エミンだって歌麿だって、それなりの存在感だ。でも、「だから何?」が否めない。「ふーん、そうなんだ、じゃ次行きましょう。」脚を止める要素に、残念ながら欠ける。とは言っても、所々はそれなり面白かった。k r buxeyという全部小文字で表記するのが正しいイギリスのアーティストがウォーホルに捧げたビデオ作品は、フォーレのレクイエムをバックに女性のアップがスローモーションで映されているだけのミニマルな作品だ。ミニマルな作品なのだが、この人は見えないところでオーラルセックスされているわけである。諧謔である。そして、風刺である。会場での人間模様も面白かった。概して平然としている、あるいは勃起したペニスを観てゲラゲラ笑っている、みたいのは女性だった。

といった感じでバービカン。1954年当時、まだ実績らしい実績のなかった「チェンバレン、パウェル、ボン」という三羽烏の建築家が68年までかけて設計したバービカン。地震のほとんどない国に建てられた高層マンションの脚は、空手チョップでも食らわせたらポキッと折れちゃいそうに華奢に見える。が、歴史的建造物として保護もされているバービカン、今度のスピタルフィールズの帰りにでも、また寄ってみようと思う。(なお、バービカンに関するデータは愛読書の一つであるヒースコウト著「Barbican: Penthouse Over the City」による。)

2008年1月24日木曜日

今日が誕生日の人は


クールな誕生日だよなあ、と思う。有名人の誕生日というのとはちょっと違うが、初代128Kマッキントッシュは、1984年の1月24日に発売されている。と、誠にもってオタクな話な上、まったくの私事で恐縮だが、当時中学生だったぼくはこの年の7月に当時発売されたばかり雑誌「インファス」で、マッキントッシュなるコンピュータのことを知ったのだった。(この雑誌がまた、遊び心に溢れていて凄く好きだったのだが、確か創刊5号くらいで廃刊になってしまっている。)86年頃には立花ハジメ氏もコモドール64とMacを使っていたし、Macって、なんだかものすごくクールだったのだ。ああ過ぎ去りし、ヤマハDX7とMacに目覚めた84年。って、そういえばその年の11月か12月だっと記憶しているが、ニューズウィークの表紙が当時のレーガン大統領で、選挙速報みたいな増刊号だったこの号の広告は、Macで完全に独占されていた。インパクトですか?ありましたとも。

といった感じで1984年。母親が乗っている新車よりも高いパソコンが中学生に買えるはずもなく、その後5年近くたって、ぼくはようやく人生初Macを手にすることになる。ちなみに、ぼくが始めて買ったMacはSE/30という。カタチ的はこのオリジナルのMacと同じもので、1989年から発売が始まったこのマシン、ぼくが買ったのは後期型だった。白黒9インチの画面に、RAMは8MBで、ハードディスクは80MBだった。システムは6.0.4で、漢字Talkで日本語はやっとこさ使える程度だった。時代を感じる。ちなみに、SE/30の名前の由来は、あまり知られていない。68000系CPUだった「Macintosh II」の68030版がIIxというように、Appleは当時30系のアップグレードには「x」を付けていた。SE/30はSEの30系ということになるが、SEの後に、xを付けるわけにはいかない。商品名だしね。

ちなみに、ぼくも持っているが、SE/30のTシャツなんてものもある。こういう、ものすごーくどうでもいい部分って、人生に凄く大事な気が、そこはかとなくする小雨の午後。

2008年1月23日水曜日

DELLと、(RED)と

U2のフロントマンであり、ミュージシャンのボノらが主導して始めた(RED)というエイズ撲滅キャンペーン。グローバルファンドという団体の行っているキャンペーンだが、GAPなども幅広く展開しているので、ご存知の人も多いと思う。InformationWeekの記事によると、マイクロソフトとDELLと、(RED)との恊働で、この(RED)オリジナルのパソコンが、今週末から発売になるらしい。一台ごとに、80ドルがHIV/AIDS撲滅キャンペーンに寄付されるとのこと。

ぼくは基本的にはMacの人ではあるのだが、仕事で使わなければならないWindowsのパソコンなら、こういうのもいいかもしれないとは思った。

2008年1月22日火曜日

「ラスト」は「色」

「ロード・オブ・ザ・リング」のロードはroadではなくてlordである(頭のTheだとか、ringsの複数形の「s」はともかくとして)。「スター・クレイジー」のスターはstarではなくてstirである。アン・リー監督の最新作は「Lust, Caution」で、タイトルにコンマが入っている映画というのも珍しいが、中国語の元のタイトルは「色、戒」で、そもそもこっちに句読点が入っていたのだというのが分る。で、問題は、<邦題の表記の仕方>である。

大体「ホワット・ライズ・ビニース」だとか、映画の邦題だからといってなんでもカタカナで表記するという風潮はあまり親切でないと思う。件のアン・リーの最新作、邦題は思いっきりカタカナで「ラスト、コーション」である。読点は、入ってますね、どうやら。それはともかくこの<ラスト>はまず、ほとんどの人がlastだと思っちゃうんじゃないだろうか。確かに、カタカナではlastとlustの発音の違いを表現するのは不可能だ。「クラッシュ」なんて、crashもあるしcrushもあるし、clashもあるからカタカナはこういうとき不自由だが、大体台湾人の監督の中国語の映画で、英語のタイトルをそのままカナ表記するということ自体、芸がなさ過ぎるように思う。中国語の映画としてはぶっちぎりで世界一の成功作である同アン・リー監督による「グリーンデスティニー」だって、あの邦題じゃなかったらもっと日本で流行ってたんじゃないだろうか。「Lust, Caution」だって、「色」を「lust」とするセンスは、英訳の際にはあったわけである。「Road to Louisiana」が「ルイジアナ珍道中」はそれ。「メリーに首ったけ」みたいな邦題だって、あるわけだし。

それにしてもこれを書いている途中で出くわしたのが、ヒース・レジャーの訃報。アン・リー繋がりで行けば、「ブロークバック・マウンテン」でオスカーにもノミネートされていた期待の若手だった。享年28歳。ご冥福をお祈り致します。

2008年1月21日月曜日

お昼はクルミとアサリのカサレッチャ

ペストというと、日本語では黒死病になってしまうかもしれないが、英語ではカタカナでいうところの「バジルソース」のことを意味する。パスタに使うものとしての英語には、バジルソースという言葉は存在しない。元はイタリア語の「ペスト」をそのまま使う。それに、バジルを使わないペストだってあるのだ。(ぼくはローズマリーとブラジルナッツのペストが気に入っている。)というわけで、クルミをニンニクとオリーブ油ペーストにして「ペスト」状にしたものと、アサリとイタリアンパセリとハワイ土産の<世界一辛いかもしれない唐辛子>で和えたというパスタが、今日のお昼である。クルミがどうしても「カーマインローション」のような色になってしまうのだが、何ぶんおいしいのでそこは良しとする。、、、ことにする。

で、このアサリ、実はアサリというか、本当は小振りの蛤なのだが、良く行くスーパーや八百屋さんでも売っている水煮缶をよく使っている。魚介類はこの辺の知恵を有効に活用して深川めしだとか、ボンゴレビヤンコだとかを定番にしている。今回はいつも行っているキプロスとギリシャものを扱っている八百屋さんのようなお店で仕入れているカサレッチャというパスタだ。イタリアでは普通に食べられるのかもしれないが、イギリスでは中々珍しい。断面がSの字になっていて、「より」がかかっている。ソースとの絡みもいい。麺状のパスタはやっぱりリングイネが好きなのだが、マカロニ状のパスタで最近気に入っているパスタはこのカサレッチャとオレッキエッテである。

天気の悪いロンドンの1月。軽く贅沢なお昼ご飯で花を持たせつつ。

2008年1月20日日曜日

浮上した「リス猫」説

東ロンドンに住むプロデューサー/DJの友だちが遊びにきた。ぼくが音楽業界で働きはじめた頃から知ってる人だから、かなり古い友だちの一人だ。ドラッグの問題が一時相当悪化して、その頃は会ってなかったのだが最近ドラッグからきっぱり足を洗って、ヨガを始めたり、ベジタリアンになったりと、まあやることが極端な傾向にある人ではある。ちなみに、音楽という共通の興味がありながら音楽の話はあまりしない。どっちかというと「あそこのカレー屋さんはおいしい」とか、「ペンキは縦横交互に塗るんだぜ」とか、そんな話ばかりだ(最近、DIYに凝っているらしい)。

料理は何を作るか、どこから材料を仕入れてくるかから始まる。そこが一番楽しい時間でもある。ベジタリアンのためのメニューを考えるとなると、使えるものが少ない分、逆にイマジネーションが沸くこともある。今回は巨大マッシュルームと、カボチャをローストしたサラダを作ることにした。


まずはサラダのほう。オレンジ色の皮の小振りのカボチャとか、イギリスでも「カボチャ」として売られている日本のと同じようなカボチャだとかを使う。その、3種類くらいの<瓜>をベネツィアのゴンドラみたいなカタチに切って、花椒とコリアンダー、キャラウェイの種みたいのをまぶしてオリーブ油をからめてオーブンで焼く。ドレッシングに使うピーナツ油と胡麻油で針生姜とにんにくスライスを揚げる。油が冷めたところへオレンジの汁、ライム、ナンプラーに生の唐辛子をおろし金でおろして投入し、ルッコラ、サラダほうれん草と生暖かいカボチャの類いを和える。亜麻仁の種、白ごま、カボチャの種、ちょっとだけバルサミコ酢なんかを散らして完成。

で、マッシュルームのほうだが、今回使うのはポートベロという直径にして10センチ以上あるマッシュルーム。芯だけでも500円玉より大きいくらいなのだが、その芯を外して(手でパカッと外れる)刻んだものとタマネギのみじん切りをタイムみたいな甘い香りのハーブで炒めて、粗挽きのパン粉と卵とおろしチーズを混ぜて、それをキノコの傘に載せてオーブンで焼く。出来上がりは、ちょっと分厚いハンバーグのような見た目になる。今回はゴルゴンゾーラを混ぜてから、パルミジャーノレッジャーノとイタリアンパセリを刻んだものをまぶしてから焼いた。

スタジオからチャリンコで直行してきた友だちは「はい、これ」と、飲み物として持ってきた牛乳をぼくに渡す。って、牛乳?そりゃ確かにぼくは飲まないけど、ワインとかジュースじゃなくて牛乳?それはともかく、やつはかなりの猫好きである。しっぽが体の細さに不釣り合いなほど太いうちの猫を見て、「じつはでっかいリスなんじゃないの?」と言って笑う。明日は3時間の瞑想に行くという、その友だち。サラダもキノコも気に入ってくれたようだ。ヒゲを剃ることを止めたので、かなり南極探検家かなんかのような出で立ちのこの友だちの芸名はB.L.I.M.である。ぼくらは本名の短縮形で「ジー」と、やつのことを呼んでいるのだが。

2008年1月19日土曜日

嵐の飲茶

両親とも中国人だがロンドン生まれでロンドン育ちなので丸っきりイギリス人という友だちとその旦那さん、その他数十名の友だちと今日はランチだ。暴風雨っぽい天候ではあるが、ややしばらく会ってなかった友だちや、近々ウィーンに転勤が決まった友だちもいて「最近どうよ」を交わしつつ、友だちの友だちの輪が広がる賑やかな集い。場所は、件の「麺をつけろ場合」中華である。本当の名前は「Gerrard's Corner」というのだが、ロンドン中華街のメインストリートがあるGerrard Streetの角にあるのでこの名称という潔さ。というわけで日本語メニューはファンキーだが、実際どんなお店かというとまあ、至極まともにオールドスクールな中華である。たとえばウェイターは無礼では決してないが、これといってサービスが行き届いているわけでもない。いかにも安物のお皿、1月も半ばだというのにまだクリスマスのデコレーションがぶら下がっている店内には、プラズマテレビで中国語のカラオケビデオが流れている、みたいなお店である。しかし、まずおいしい。ものすげえ旨い、というわけでもないが、何を食べてもけっこうおいしい。それに昨今のアラン・ヤウが手がけた「オサレ中華」みたいに高くない。飲茶は、一点2ポンドからのスタートである。シュウマイ、小龍包、エビ餃子、大根餅みたいな定番から鶏の足、ガチョウの舌みたいのもあって、ゆっくり2時間かけてお喋りしながらランチは進む。

この時期のロンドン、ゆっくりお昼なんかしていると、終わる頃には外が暗くなり始める。お向かいの九龍という最近キレイになったお菓子屋さんで中華風エッグタルト、パンダンシフォンみたいのを仕入れて帰路に着く。雨は、少し小降りになったようだ。

2008年1月18日金曜日

基本的にはパン屋さんのはずだけど

ここのケーキはすごくおいしい。今は故郷に戻った友だちも長く働いていた「Heal's」という家具屋さんと、隣接している「Habitat」というこれまたインテリア屋さんに挟まれている、カフェと言っていいのかどうか、小さいが自己主張のある佇まい。2007年11月のオープン以来、個人的にも気に入っているセントパンクラス駅の中にもある「Peyton & Byrne」というベーカリーだ。しかしここ、<パン屋>といってしまっていいのか、ちょいと微妙である。どっちかというとケーキとお茶に重点が置かれているし、所謂日々の糧っぽい意味でいうパンは売ってないのだ。なんかこう、ものすごく凝った感じのパンは売っているのだが。いずれにせよ、ここはBakeryと名乗っている。英語辞典の定義的にも、パンや菓子類を売っている店がベーカリーとなっているので、まあ、それは。

で、ぼくは茶店というと、そのお店の見た目とか、内装とかも気になる方である。取っ手だってそうだし、極端な話、レンガだって誰かがデザインしたもので、その大きさだとか使う素材だとかは長い間に標準化が進んできたものなんだろうと思う。シンプルに積まれたレンガの壁にペンキを塗っただけ壁、ガラスに印字された屋号、窓と窓枠、そういうのが組み合わさって、「ペイトン&バーン」という成り立ちを構成するわけだ。もちろん、そのお店で出されているお茶やケーキ、そこで働いている人なども構成要素の一つである。

って、そんなことはいいんだけど、今日は妻の誕生日なのでこの「A Very British Bakery(いかにも英国風のベーカリー)」から梨のタルトを仕入れた。世界一おいしい(と思う)ヴォークストレーディングのダージリンファーストフラッシュでいただくことにいたします。

2008年1月17日木曜日

MacBook Airと新しいiPod touch

ぼくは携帯電話をあまり使わない。まあ在宅ワークがほとんどだからと言ってしまえばそれまでだが、iPhoneみたいのはあればバンバン使っちゃうとは思いつつ、その投資に見合うかなー、というのが踏み切れなかった理由かもしれない。端末だけじゃなくて、毎月の使用料が一番安くて35ポンドもするのだ。今日のレートで7300円近い。

が、1月16日に発表されたアップグレードで、iPod touchがMailなどの新機能に対応した。PDAとしての使い勝手は低いかもしれないが、「メモ」機能を使って書き込みして、GMailと違って添付もできるMailとの組み合わせで、出先での使い方が広がる。ヨーロッパでさえ、最近の携帯電話は内蔵カメラの画素数が5メガなんてのもあるし、そこそこの携帯とiPod touchの組み合わせで、iPhoneである必要はあまりないような気もしてくる。大体iPodと電話を別に持つのって悪くない気がするし、iPod touchなら16GB版もあるし。

それにしても、同時に発表になったTime CapsuleMacBook Airも気になるアイテムである。特にTime Capsuleはものすごく気になる。家はワイヤレスだが、バックアップまでワイヤレスになると作業効率がかなり上がる。冬眠状態のiMacも復活させて、iTunesサーバーにしたりとかもできるかもしれない。そんな必要は、全然ないんだけどね。発売は2月。本気で導入検討だぜ。

2008年1月16日水曜日

本年度英国アカデミー賞ノミネート発表

イギリスにもアカデミー賞があるというのは存外知られていないことなのかもしれない。先日も演劇の畑の人とも話したのだが、日本ではアメリカの映画賞はみんな知っているが、イギリスの映画賞はそれに比べるとマイナーなようである。イギリスのアカデミー賞はBAFTAととして知られている。発音的にはバフタで、British Academy of Film and Television Artsの頭文字である。実は1947年から続いている、かなり由緒のある映画賞なのだ。テレビとヴィデオゲームにも賞を授けていることも、ちょっと独特かもしれない。ちなみに2008年BAFTAノミネーションの発表は、ナオミ・ハリスとケリー・ライリーだった。はっきりいって、どちらもかなり好きな女優さんである。高まりますね、期待。いずれにしても、ストで授賞式が中止みたいなことはBAFTAではないはずだ。

最優秀作品賞のノミネーションには、まあ「アメリカン・ギャングスター」はしょうがないとして、「善き人のためのソナタ」、「つぐない」、コーエン兄弟の新作「ノーカントリー」も入っている。ぼくはコーエン兄弟のファンなので応援したいところだが、気になるのはポール・トマス・アンダソンの「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」である。イギリスでは2月公開、日本でもゴールデンウィークに公開の予定。アンダソン監督は、個人的には「マグノリア」は<まあまあちょいプラス>くらいなのだが「ブギー・ナイツ」が凄く良かったし、主演がダニエル・デイ=ルイスだし、ゴールデングローブ、全米批評家協会賞はじめ数々の映画賞も取ってるし、可能性としてはこれの受賞が高いかもしれない。話の大筋は、20世紀初頭にテキサスの油田にまつわる強欲と復讐、みたいなことらしい。

2006年から始まった<期待の新人賞>ってなところだろうか、Orange Rising Star Awardのノミネートも注目だ。6月日本で公開予定の「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」に出演のシャイア・ラブーフ、「アルフィー」のシエナ・ミラー、「コントロール(イアン・カーティスの伝記映画)」のサム・ライリー、「ジュノ」のエレン・ペイジ、「ラスト、コーション」のタン・ウェイというラインナップ。アン・リーは好きな監督なので、「ラスト、コーション」は観にいく予定だ。

それにしても、昨年のBAFTA授賞式でエヴァ・グリーンが着ていたディオールも素晴しかったが、ペネロペ・クルスのオスカー・デ・ラ・レンタは激しくゴージャスだった。軽薄なようだが、こんなところも授賞式では気になることの一つ。

受賞者は、2月10日にオペラ座にて発表。

2008年1月15日火曜日

京番茶の悲劇

お茶が好きである。常に、数十種類のお茶が棚に並んでいる。イギリスは紅茶の国でもあり、華僑パワーも炸裂しているし、南アフリカだって旧宗主国なのでルイボスもお手の物だが、ロンドンで手に入る日本茶は上から読んでも下から読んでもみたいなやつで、これといって特別なものではない。まあ、おいしくないわけじゃ、決してないんだけどね。いずれにせよ、ロンドンでは手に入らない、すごく気に入っているお茶があるのだ。前にも書いたことがあるが、フードマイレージだとかカーボンフットプリントみたいなことは若干気になりつつ、日本茶は京都から直輸入している。まあ、南アフリカだってインドだってそうだし、大体この国ではお茶は育たないのだ。

それはともかく一保堂茶舖のお茶である。抹茶、玉露、煎茶に番茶の類いまで、日本茶はほとんど一保堂だ。麦茶だとかほうじ茶とか、そういう「どこのでも一緒だろう」っぽいものでこそ違いが分る。ぼくは関東の人間なので、一保堂のことは比較的最近まで知らなかった。そろそろロンドン40年という大阪の人に教えていただいたのが、前世紀末頃のことである。一口で言って、「う、うめえ」というのが第一印象だった。爾来できる限りお茶は一保堂にしている。昨年末はいつもの煎茶だとかのほかに大福茶と、まだ試したことのなかった京番茶を仕入れてみた。商品名は「いり番茶」である。

しかしこの「京番茶」だが、ぼくは始めてだったのでものすごくタバコくさく感じた。箱を開けて、包装紙にまでしっかりと染み込んでいた<タバコの香り>で、妻は「頭痛がする」といって袋を厳重に3枚かぶせて廊下に出したくらいだ。ラプサンスーチョンは好きな紅茶のひとつだが、京番茶はいただけなかったらしい。確かに、ものすごく独特な香りである。しかしそれも、いれてしまえば実にさわやかな芳香に変わる。まあ、ゆっくりめにいただいていきたいと思う。

それにしても、一保堂の抹茶の包み紙は芸術的である。京都の本店に足を運んだとき、包んでいるところを目の前で見ていたのだが、どうやって包んでいるのか全く分らなかった。いつも開けるとき、なんだか恐れ多いような気持ちになる。ちょっと躊躇ながら破らないように解くのだが、それも含めて一保堂のお茶は楽しい。

2008年1月14日月曜日

検証されない根拠

そういうわけで毎年読み返している「エピステーメー」と出たばかりの「ビッグ・リボウスキ」の本を併読しているのだが、一つ引っかかったことがある。映画に出てくる虚無主義者、nihilistのことである。<この世に信じられることなど何もない>、という立場の人たちだ(余談だけど、発音は「ナイアリスト」であって、ニヒリストでは、決してない)。それって「信じられることがないってことは信じてる」んじゃないの?これってちょっと「知識人の終焉」、ジャン・フランソワ・リオタールだよなあという連想が、ふと。

ここで考察されるべきこととはなにか。それは「知るべき現実があるという偏見」である。プラトン哲学への批判としてはもっとも深く、もっとも語られることの多い主題のひとつではないかと思う。が、まあ「ソーカル事件」は「買ってはいけない」みたいなもんとして、リオタールに事実誤認があろうとも、自然科学に無関心であろうとも、刺激的な言説を現していることには変わりない。村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」には恐ろしい尻切れとんぼや「ありえねえ」が随所に見られるが、小説としての面白さには変わりないのと同じである。リオタールは「頽廃と少数派の闘争」の中で、

「我々が主張することが本当だと、どうしたら知ることができるのだろうか」。科学者は、<検証>とよばれるものが或る種の操作に要約されることを認めているのである。(櫻井哲夫・訳、月刊「エピステーメー」78年1月号初出)

と言っている。不信を抱いているが、不信を抱いていることに不信を抱くと、どうなるか。まず、何をもって不信とみなすのかだが、<不信という信条>が言わば「前提」とみなされており、それはいわば暗黙の了解なわけである。「不信とはこういうものだ」という定義に共通の了解がない以上、そもそもその論証は困難だ。

そんなことに頭を使うより、イグノーベル賞のサイトでも覗いた方がいいのかもしれない。猫も洗濯物を攻撃してるところだし。

2008年1月13日日曜日

古い映画を観よう:その3—成瀬巳喜男「浦島太郎の後裔」

どんな巨匠にも、生涯のうち制作された映画の中に、ものすごく訳の分らない作品が一本くらいは必ずある。小津安二郎にはオナラの映画があるし(「お早よう」)、チェン・カイコーには「キリング・ミー・ソフトリー」がある。いい作品がいっぱいある中に突然「なんじゃそら研究会」的な作品が出てきちゃうのは、創造者にとって避けられないものなのだと思う。

成瀬巳喜男は、その比較的短い人生の間に89本もの映画を残している。<15年のスランプ>説もあるように、世間一般に駄作と思われている作品も、一本や二本ではない。あまつさえ、監督自らして「あのシャシンはどうも、、、。」と言わしためた作品がある。この、「浦島太郎の後裔」である。

一口で言ってしまえば、この映画の通奏低音は藤田進扮する浦島五郎の「雄叫び」である。タイトルにも現れている<浦島太郎がご先祖様>という設定もさることながら、マンガ的な詰めの甘い展開と、ドラえもんのキャラクターに出てきそうなネーミング(日本幸福党だとか、人名も乙子、千曲女史、阿加子など)もすごい。戦後占領下で民主主義路線で監督を余儀なくされた作品ということのようだが、「スミス都へ行く」を下敷きにしたというストーリーと、民主主義との関連性も分らないし、ネーミングの子供っぽさと民主主義に至ってはその2つが同じ範疇で語られるべきものですらないと思う。成瀬本人にしてみてもまったく不本意な作品ということのようであるが、もしこれが始めての成瀬作品だとすると「成瀬ってどこがいいんだろう?」と思っちゃう危険性大だ。


しかしこの映画、出演者、スタッフとも侮れない顔ぶれである。中村伸郎、杉村春子、高峰秀子、菅井一郎、宮口精二といった東宝のスター勢揃いというキャスティングもさることながら、特撮が円谷英二なのだ。国会議事堂上で叫ぶ藤田進を影で支えているのが、円谷英二なわけである。こんな映画は、そうないんではなかろうかと思う。

一見「成瀬なのか?本当にこの映画は成瀬が撮ったのか?」という作品だが、編集の手腕、洞察力などは紛れもなく成瀬巳喜男である。失敗作と言われているが、果たしてそうなのか?1946年作品。

2008年1月12日土曜日

青空、寒梅、ストーク・ニューイントン

昨晩の嵐が去って、今日は晴天である。そりゃあもう散歩日和だ。家を出てすぐのフィンズベリー・パークを抜けてジャイルス・ピーターソンのスタジオがあるブラウンズウッドの辺りを過ぎると、そこはクリソード・パークという別の公園である。ここは放し飼いでこそないが奈良みたいに鹿がいたりして、ちょっと好きな公園である。なにしろ、歩いて行けるしね。園内には1ダースほどのリスがうろついており、今の時期は寒梅も咲いている。南側の端にあるカフェを抜けると、かなりいかつい教会が建っている。そこはもうストーク・ニューイントンだ。

ここには、かつて住んでいたことがある。陶芸家の友人が展覧会で留守にしている数ヶ月間、猫の面倒を見る代わりにものすごく安い家賃で住んでいたのだ。3階建ての家を独り占めにして、友だちを呼んでパーティなどもたまに開いていた。懐かしいなあ。当時は決して安全とは言えない区域だったが、10年ほど前からクルド人が急激に増えて街が活性化、かなり活気のある街に生まれ変わった。(ロンドンでも他の追従を許さない激ウマのケバブは、もう当時からあったのだが。)19世紀くらいまではけっこう所縁ある村落だったらしいが、21世紀初頭、地下鉄も通っていないし鉄道もない場所にあって、ライブでバンドがプレイするジャズのカフェもあるだなんて、かなり稀な成功例と言えるかもしれない。アンティークといえばそうだがガラクタと言えばどう見てもガラクタしか売っていないお店もあったりするのが、急ごしらえで出来上がった街ではないことを物語っているとも思う。他にも服屋さん、本屋さん、レストランもタイ料理からモダンブリティッシュまで色とりどりだ。あと、ストーク・ニューイントンで重要なのはアブニー・パークというけっこう大規模の霊園である。日本でいう「救世軍」の創始者ウィリアム・ブースのお墓もここにあるし、お墓が恐くない人にとってはいい散歩コースだ。観光客が行かないロンドンとしては、かなりおもしろい場所の一つだと思う。東京でストーク・ニューイントンに近い場所というと、差詰め谷中辺りだろうか。谷中は、かなり観光客もいるけどね。

さて、生活者のためのストーク・ニューイントンとしては、毎週土曜日は小学校の庭を利用してのマーケットである。決して大きくはないのだがオーガニックの肉、野菜、チーズ、ケーキなどが色々売られている。たとえば、肉屋さんは2軒出る。大きい方はいつもものすごい行列ができている。ぼくが気に入っているのはもうひとつの小さくて、あまり流行ってないほうだ。ここはすべてオーガニック、珍しい品種の豚や羊の肉などが売られている。それでスーパーより安い。豚の頬肉なんてものもあるが、頬肉なんて他では中々手に入らない。今日はラムの肩肉とベーコン、八百屋さんからはターツァイ、カヴォロ・ネロ、からし菜、ケーキ屋さんからヴィクトリア・スポンジとコーヒーとクルミのケーキを仕入れてきた。ラムは明日の日曜に4時間かけて箸でほぐれるようになるまで低温でローストの予定。

2008年1月11日金曜日

本日の屋根の上猫

写真家、アンリ・ラルティーグは子供の頃からつけ始めた日記に毎日の天候を仔細に書き綴っていたそうである。実に、三半世紀に近い年月。ロンドンは、今日は雨。なんとなく、ラヴェルの「鏡」と「夜のガスパール」みたいな雨だ。

予報によれば午後には土砂降りになるであろうという朝、今日で生後半年を迎えた猫を外に出してみる。まだ小雨だが、本降りになるのは時間の問題という感じだ。が、猫たちはかまわず邂逅。そういえば、うちの猫がよその猫とまともに対峙したのは今回が始めてではないだろうか。

真っ黒に見えるこのオス猫を、ぼくはディーゼルと(勝手に)名付けている。本名はスティというのだが、その骨太な肢体と野太い喉ゴロは、どう考えてもディーゼルである。ちなみにぼくは所謂「ごま塩頭」だが、この猫はさしずめ「全身ごま塩」だ。猫年齢ではかなりのご老体だそうで、動きにもそこはかとなく貫禄がある。

それにしてもこうして向き合っているところを見ると、うちの猫はこれからまだ大きくなるんだろうな、と思う。

2008年1月10日木曜日

君もリボウスキ、ぼくもリボウスキ

「ブレードランナー」もそうだったが、後にカルトな地位を築く映画というのは初公開時に客が入らず、興行的には全く当たらないということがままある。コーエン兄弟の1998年度作品「ビッグ・リボウスキ」もそういう映画のひとつだろう。

で、今読んでいる本は「エピステーメー78、反-哲学」と、孫子の「兵法」と、ウンベルト・エーコの「Mouse or Rat?」、たなかれいこ著「穀物ごはん」と、このリボウスキ本「I'm a Lebowski, You're a Lebowski」である。4人の著者と、映画で主演のジェフ・ブリッジスによる前文という上梓だが、トリビアあり、サントラのリストあり、ロケ地の詳細ありと、盛りだくさんである。こういうオタクなやつって、弱いのよね。

同書によれば、「リボウスキ祭」というボウリング大会も毎年開かれているそうだ。ロサンジェルス、ニューヨークにも拡大した同大会だが、2007年8月、エディンバラとロンドンで「リボウスキ祭UK」なるものも開催されたんだそうで、映画に登場にするキャラ(グラサンにガウンのデュード、クラフトワークな虚無主義者、モード「コイタス」リボウスキのバイキング等々)のコスプレでボウリングに興じたんだそうである。ちょっと、参加してみたかったかも。

2008年1月9日水曜日

バーンズのお茶処

バーンズというのはテムズの南側で、ハマースミスとアクトンの間くらいにある。かのケンブリッジ=オックスフォードのボートレース(レガッタってやつですね)の開催地でもある。地下鉄が通っていないので、通常はバスか電車で行くことになるのだが、久しぶりに天気もいいのでハマースミスから歩いてみた。目的はバーンズ・ブリッジ駅からほど近いOrange Pekoeという分りやすい名前の茶店だ。このお店は写真家のともだちから教えてもらったのだが、かつて通勤に毎日通っていた道にある。ぼくがフォルクスワーゲンを運転していた前世紀最後の数年には存在していなかったはずだ。ぼくはかなりのお茶好きなので、見逃すはずはないと思う。

はっきり言って、ここはかなり気取っている。お値も張る。いかにもお金持ちそうな若いお母さんがいかにも高そうなベビーカーで子供を連れてきてたりもする。でもケーキはおいしいし、ちょっと珍しいお茶も飲める。今回は<開くジャスミン茶>とモロッコ風のミント茶。なんとなく高級感、みたいな午後にはもってこいだ。ぼくは北ロンドンの在住なので、なかなか用事がないと行けないところではあるのだが。

2008年1月8日火曜日

ルーマニア映画の台頭

カーゾンという映画館のグループがある。メインはメイフェアという高級な場所にある。日本大使館、ものすごく高級なマンションみたいなのが濫立している区域だ。リッチモンド、ソーホーにも映画館があり、ソーホー館の一階にあるカフェKonditor & Cookはコーヒーもおいしいが、直径15センチはあろうかという焼きメレンゲには行くたびつい手が出てしまう。ひとつめの修士を所得した卒業校の近く、ラッセルスクエア駅の反対側、ブランズウィックセンターに「ルノワール」というフランスの映画監督に捧げられた映画館がある。これもカーゾングループ。ここはほとんど月に一度くらいは必ず何かを観にいっている。今回はルーマニア映画「4ヶ月、3週と2日(英語の題は4 MONTHS, 3 WEEKS AND 2 DAYS)」の(ほぼ)独占上映だ。

ルーマニアの映画といっても、正直あまりピンと来ない。「THE DEATH OF MR LAZARESCU(「ラザレスク氏の最期」、日本未公開)」がおそらく巷間知られるようになった始めてのルーマニア映画だろうか。英語版ウィキペディアで調べてみても10年に数本くらいしか西欧に紹介されていないらしいことが分る。

今回観たのは「12:08 EAST OF BUCHAREST」。コルネリウ・ポルンボユ監督、2006年度カンヌ映画祭の新人監督賞であるカメラドール受賞作の「ブカレストの東、12時8分」である。元のタイトルは「A fost sau n-a fost?」だが、「あったのか?なかったのか?」くらいの意味だろうか。英語の仮題は「Happened or not?」だった。共産主義の崩壊、チャウシェスクが更迭された1989年12月22日の午後12:08を振り返るテレビ番組「本当に革命はあったのか?」にまつわる人間模様。この番組自体も、ものすごく素人がやってるように再現されている。ブレるカメラ、本番中に司会に話しかけるゲスト。それもそのはず、当初想定していたゲストが来れなくなって代わりに連れてきた酔っぱらいの大学教授と「職業:時々サンタ」のおじいさんに出演してもらうことになったからなのだ。この、完璧にはほど遠いゲスト選択に至るプロセス、番組の途中にかかってくる視聴者からの電話。ゲラゲラ笑うという種類のものではないが、これがもう、めっぽう面白い。日本での上映は未定のようだが、これは上映されたら一押ししたい作品である。2008年、注目すべきはルーマニア映画。 

2008年1月7日月曜日

チキンはフリーレンジに

以前のブログでも「放し飼いの鶏キャンペーン」のことは書いたのだが、ついに放映が始まった。ヒュー・ファーンリー=ウィティングストールの展開しているキャンペーンで、Hugh's Chicken Runという番組。端的には「放し飼いで育てられた鶏肉を買おう!」というものである。自分たちが普段食している肉のことをもっと考えようというキャンペーンは目新しいものではない。2005年にもThe Meatrixというウェブキャンペーンがあった。ちなみにこのサイトは日本語字幕版もある。翻訳は若干ヤバめではあるし、某元副大統領みたいに事実誤認だらけの映画でノーベル賞を取ったりするようなこともないが、それなりの説得力はあると思う。

スーパーで売られているチキンは1平米に17羽も押し込まれた状態で飼育されている。卵から屠殺まで39日間、一生羽を広げられることのない鶏。その他にも実際に見てみると本当に恐ろしい事実が目白押しである。妻は番組の途中「恐ろし過ぎて観れない」と、部屋を出ていったくらいである。そういえば2007年の前哨戦の番組ではフライドチキンが一番の好物という人に、どうやって鶏が飼育されているかを見せていた。結果、その人はベジタリアンになってしまった。

この運動はアニメーションのアードマンスタジオ、ロンドン市長、ジェイミー・オリヴァー、バンドのKeaneなどもサポートしている。ジェイミー・オリヴァーによるキャンペーンも展開されている。バナーも載せたのだが、うるさいので外した。サインアップはこちらでどうぞ。

2008年1月6日日曜日

十二夜に、すべきこととは

「おひな様をしまうのが遅いと婚期を逃す」なんて言い伝えがありましたね、そういえば。根拠のほどは定かでないとしても、この手の迷信は、英語にも存在する。たとえば「クリスマスツリーをクリスマスから12日以内に始末しないと縁起が悪い」なんてのがある。

うちはゲンを担いだわけではないのだが、5日にツリーを処分した。猫が、さぞかしがっかりするだろうと思ったが、けっこう平然としている。で、1月5日にツリーを処分したのはなぜかというと、ただ単に地元行政のツリーリサイクル期間が始まって最初の週末だったからである。でもまあ、結果的にはクリスマスからの十二夜に、ということになりますわね。もうひとつ、十二夜にすべきことで重要なのは「王様のケーキを食べる」ことだろうか。直径50センチのリング状のケーキで、それを8人で食べるとかいうものらしいが、国や文化、カソリック/プロテスタントでもバリエーションがあるそうだ。うちはケーキは食べないで、干しイチジクで作ったグミのような食感のお菓子とジンジャービスケット。

で、この「十二夜がいつか」というのには諸説あるようで、オックスフォード英語辞典によればプロテスタントの場合「公現日(Epiphany)」の前日の晩、すなわち1月5日の晩が十二夜ということになっているが、正教会系だと6日だとか、やることが違うだとかというように、これもバリエーション豊かなもののようである。ぼくはクリスチャンではないのでそこら辺はあまり良く分らないのだが、「十二夜」と聞くと真っ先に思い出されるのはシェイクスピアである。シェイクスピア喜劇の中でも、最高傑作じゃないだろうかくらいに面白い。船が難破し、双子の妹が行方不明の兄のフリして男装しているとお姫様が一目惚れ。市井の散文的な人生が芸術に昇華された悪ふざけだ。口にちょっと苦みの残る、カレーにおける福神漬け程度の性悪説。ヘレナ・ボナム・カーターら出演のトレヴァー・ナン監督による映画化作品もまあまあ。

2008年1月5日土曜日

デザイナー、ジェイムス・ハリソンのこと

1983年というと、アート・オブ・ノイズがかの12インチ「イントゥ・バトル」をリリースした年だ。個人的にもスティーヴ・ライヒを発見した年だったり、生まれて始めて自分でお金を払って観にいった「戦場のメリークリスマス」なんて映画が公開された年でもあったり、なによりあの恐ろしいプロモビデオで「君に胸キュン。」をリリースしたYMOが散開した年でもあったりして、なんとなく思い入れの深い年。工業デザイナー、ジェイムス・ハリソンは、この1983年の生まれである。

まずはハビタの、この作品。どうってことないロッキングチェアに見えるかもしれない。しかしこれ、このシンプルさに機能性、剛性とも十分に達成されているという点でも、まさに大傑作であると思う。

2005年に造形デザイン専攻で大学を卒業後、すぐにインテリアの巨人「ハビタ」に抜擢されたという工業デザイナーにとってはまさに夢のようなキャリアをスタートさせたジェイムス・ハリソン。次のテレンス・コンランか、はたまたジャスパー・モリソンか。

2008年1月4日金曜日

着物が好き

ぼくは身長175センチである。取り立てて背が高いわけでも低いわけでもないと思う。ところが、これが着物になると、話は別である。<浴衣のLサイズ>みたいのは別として、まともな絹の長着などは、所謂吊るしだとまず体に合うのは売っていない。今着ているのは、父親の着物のお下がりで、祖母が作ったものである。父とぼくは身長は大差ないのだが、父が細身であるため、かなり「つんつるてん」になってしまう。もっとも、袖が短めくらいのほうが好みなので構わず着ている。

ロンドンに戻る前、最後に住んでいたのは「下北/三茶」の辺りだが、その前に住んでいたのは西荻だ。西荻には「豆千代」だとか「リサイクル着物grape」だとかがあるので、時々覗いてた。のだが、かなりラッキーでないと、そのまま着られるものはなかなかなかった。「袴で隠せばいいんですよ」、とお店の人は言っていたが、その袴がなかなか店頭に並ばない。大体、男物自体が少ないのだ。それでも西荻から自転車で10分だった吉祥寺と青山には「たんす屋」があった。着物というと、良く利用していたこの辺りだ。

ロンドンで着物で出かける勇気はまだないのだが、家ではたまに着ている。亡くなった義母は、ぼくの着物姿が特に気に入っていたようだ。今度着物で出かけてみようかなあと思う。

2008年1月3日木曜日

発表、超個人的2007年度「今年の映画」賞

2007年観た映画の中で一番インパクトが強かったのは、ぶっちぎりでツァイ・ミンリャンの「西瓜」である。ただし制作年度は2007年ではなく、イギリスでは初公開が2007年だった、ということだけれども。(ちなみに2006年の<今年の一本>はアルモドバルの「ボルベール」だった。)

しかし「西瓜」には参ったの一言である。かつて、こんな映画は観たことなかったと断言していいと思う。要素要素は、それと似たような風のものがないわけではない。たとえば極端に台詞の抑えられた長回しは溝口的かもしれない。「あまりにも暗過ぎて笑っちゃう」的な部分はカウリスマキだろう。<映像美の極み>的にはトラン・アン・ユンの「青いパパイヤの香り」を彷彿とさせるものもあるし、(おそらく)本編と無関係なのであろうシュールなミュージカルシークェンスなど、モンティ・パイソン的な部分さえあるかもしれない。

しかしツァイ・ミンリャンの世界は独自のものだ。それはもう、ツァイ・ミンリャンというジャンルと言っても過言ではないと思う。たとえば、60年代にクロード・ルルーシュの「男と女」が世に問うた愛。陳腐かもしれない。新しくもないかもしれない。ついに見つけた心の拠り所は微笑ましいものではなく、グロテスクに脳化された21世紀の最初の10年に「西瓜」によって再燃されたとも言えるかもしれない。それは、ある意味奇跡的な示唆である。

2008年1月2日水曜日

レオンでランチ

1月2日というと、もう全くの平日である。堅気の勤め人の友だちのほとんどは、もう今日から出勤。ぼくはAppleストアにMacの下見に行きつつ、カーナビーストリートのレオンで具沢山のスープのランチである。そういうわけで尊敬しているアレグラ・マケヴィディーのやっているレオンだが、本当にスライスした生姜だけのジンジャー・スティープだとかミントの葉っぱだけのミントティーだなんて、もう天国である。ちなみに今回のトマトベーススープにはビーフがこれでもかと入っていて、グーラッシュ風の味付け。モロッコ風のフラットブレッドが実に旨いわけで、もう。

それにしても今日は寒い。潔く晴れ渡った青空は放射冷却、最高気温も3度である。昨日と比べて、10度近くの冷え込みだ。コベントガーデンまで歩いてモンマスでダブルエスプレッソをいただいた後、帰路につく。イギリスではアマゾンが貸しビデオをやっているのだが、郵便受けに入っていた今日のお題目は黒澤明の「静かなる決闘」である。いやしかし、何回観ても泣いちゃうのよね、この映画も。

しかしリージェントストリートのAppleストア、見ちゃうと増々欲しくなりますね、iPhone。

2008年1月1日火曜日

年明けは雨でした

映画館などは開いているが、スーパーだとかは開いていない。それに今日は、散歩という天気ではない。ではないのだが、それでも雨の中散歩に出ちゃう。自宅からほど近いフィンズベリ・パークを1周、まあ5キロはないかな,程度の距離だと思う。所要時間にして1時間強。ジャイルス・ピーターソンのブラウンズ・ウッドも横目で見つつ、BGMはビル・エヴァンスの「Peace Piece」とスカルペルの2004年作品、その名も「Skalpel」。

もうひとつの大仕事は、猫に首輪をつけることである。外に出すに際して、獣医からはマイクロチップの埋込みを勧められたが、お金持ちの御曹司でもあるまいし、電話番号だけ記載した真鍮のメダルだけの普通の首輪にした。しかし、色がかなりインターナショナルクラインブルー。猫も最初は気になって首を掻いていたが、すぐに慣れたようである。思ったよりも暴れなかった。さて、いざ外に出してみて、以外にも上の猫を押しのけて屋根の上を我がものにしている。ミドルネームは推古にするかという貫禄である。

といった感じでおよそ正月らしくないが、いい一年の始まりだ。

今日はゆっくり風呂に入って古い映画を観ようと思う。今年もよろしく。