2007年11月26日月曜日

恐るべき深度:リー・ミラー展

マン・レイのミューズだった人。ソラリゼイションは、この人なくては生まれなかった。それはモデルとしてのみならず、その技術を発展させたという意味においても、である。ジャン・コクトーの「詩人の血」で、<美の模範>ともいうべきギリシャ風彫刻を演じているが、これはこの人の美しさを物語るに十分なエピソードではない。また、その美しさの中に埋もれがちだが、手に職のある人でもあり、ニューヨークにスタジオを建てた際には自分で電気関係を設置したりもしている。終戦直後、アメリカの従軍記者の資格を取っていたことを最大活用し、自殺直後のナチ将校のポートレートを撮っているかと思えば、ヒトラーの風呂に入ったりもする。マン・レイと別れた後、エジプト人実業家の妻となり、数年しないうちにイギリス人のキュレーターであり画家でもあったロウランド・ペンローズと駆け落ち、40歳で一子をもうけ、戦後はイギリスの田舎でヴォーグ誌に時折「みんなでお手伝い」的な内容の写真シリーズを寄稿、その働くゲストの中にはマックス・エルンストもいたりする。子供の頃の生い立ちだってすごい。7歳で母親の友人に強姦され淋病を移されたり、10代の頃のヌード写真が父親によって多数撮影されていたり、車にはねられそうになったところを助けたのがヴォーグの社主だったという因縁でモデルを始めたり。それにこの、一見なんてことなさそうな一枚の写真。1937年に撮影されたピクニックでのスナップだが、被写体は左からポール・エリュアール夫妻、当時の不倫相手で後の息子の父親であるロウランド、かつての師匠であり恋人であったマン・レイとその恋人アディ・フィドゥランである。こんな写真を撮れる人は、この人しかいない。


その人の名はリー・ミラー。2008年1月6日までヴィクトリア&アルバート美術館で開催されている回顧展。「わがままに生きるって、なんだろうか。それはローライフレックスの二眼レフが教えてくれる」とでも言いたそうな写真たち。オフィシャルサイトもある。アーカイヴのキュレーターは息子のアントニーである。そのアントニーによる伝記は邦訳も出ている(「リー・ミラー 自分を愛したヴィーナス」PARCO出版、1989年刊)。写真はオフィシャルサイトでも多数見れるが、「リー・ミラー写真集 -いのちのポートレイト」という写真集も邦訳されているので、興味のある方はぜひ。

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