LとRの区別がつかない。イギリスにはもう10年以上住んでいるし、小学校のときのカセット教材みたいのまで含めれば英語を習い始めてすでに30年近いというのに。先月まで上司の上司だったBowringさんという人がいたのだが、この人の名字も目で見てスペルがRだと分っているのにクチは思いっきり「Bowling(ボウリングですね)」と発音してたりする。通訳もやってるのに、まずいよなー。
まだある。妻の出身地はLichfieldというところである。始めてその言葉を聞いた時、耳で聞いてそれがLのリッチフィールドであることは分っていても、richにつられているからなのか、頭の中でRichfieldとスペルしていた。その後実際のスペルを見て軽く愕然としたものである。
なお、チャタレイ夫人の恋人は英語ではLady Chatterley's Loverである。流石に車と恋人は間違えないけどね。
2007年10月31日水曜日
チャタレイ夫人のローバー
2007年10月30日火曜日
なにぶん天気が良いもので
バトラーズ・ウォーフである。産業革命末期の1873年完成、その後テムズ沿いでは最大規模の倉庫街として栄えていたが、1972年の閉鎖後しばらくは瓦礫の山同然だった。80年代に入っての大規模な再開発で、すっかりオサレなウォーターフロントに生れ変わり、今やデザイン・ミュージアムやらLe Pont du La Tour(屋号はお膝元、タワーブリッジの仏語訳である)など、コンランエンタープライズの本拠地として名高い。実際、コンラン卿が住んでいるのもこの辺りだとか。ま、こんなことはきっとガイドブックに出てるわね。
で、この区域、以前はラプサンスーチョンを仕入れに「お茶とコーヒーの博物館」にも良く行っていた。ブラマーさんという人が始めたこの博物館は現在サザーク地域に移転(サザークはバトラーズ・ウォーフからも、そんなに遠くないんだけどね)。ブラマーには週末マーケットの帰りに、また改めて行ってみようと思う。
2007年10月29日月曜日
モンサンジョンによる「グールド」ドキュメンタリ
逝去から四半世紀近くを経て2005年に上梓されたGlenn Gould: Au delà du tempsという作品を観る機会に恵まれた。監督はクラシックの大御所に関するドキュメンタリで著名なブリュノ・モンサンジョン。実はこの方、本業は(枕詞:メニューインともコラボしているほどの)ヴァイオリニストだそうである。英語のタイトルはGlenn Gould Hereafter、添付のブックレットによれば邦題は「グレン・グールド・ヒアアフター、時の向こう側へ」となっている。語り尽くされてなどいなかったグールドの一面を、詩的に描き出している作品だと思う。
神々の食
Theobroma CacaoというショコラティエがTurnham Green駅の近くにある。近所に居を構える友人に教えてもらったのだが、端的に申し上げてファンタスティックなチョコなので。バイオレットの乗っているのも良かったが、このホワイトが、もう、ね。ちなみに今日のタイトルは、屋号を逐語訳したもの。
2007年10月28日日曜日
今日からグリニッジ標準時
2007年10月27日土曜日
2007年10月26日金曜日
GMailをIMAPでシンク
Googleでなにもかもできちゃうっぽい風潮ではあるものの、IMAPでGMailできるとすれば、サインアップしただけでほとんど使ってなかったアカウントの使い道が広がりそうだ。(そうなんです。GMail、使ってなかったんです。)


